大切な人が亡くなったその瞬間から始まる葬儀準備

大切な人の逝去 悲しみに暮れ他の事などできる気分ではないが

ご家族など大切な方が亡くなった場合、深い悲しみに襲われます。

故人への想いで頭がいっぱいになりますが、ご自身が「喪主」の立場であった場合、そうも行きません。

悲しい事ですが、辛い事ですが、葬儀を行う必要に駆られます。

「悲しんでばかりいる場合ではない」状況になるのです。

もし、故人が入院中か介護施設等に入居されていた場合は、まず「葬儀業者」に連絡を取ることを求められます。

当然なのかも知れませんが、病院や介護施設のスタッフはこの辺りの段取りに慣れていますので、動きがスムーズです。

「人が亡くなる」ことに慣れていない一般の家族には、大きな違和感を感じる所です。

葬儀業者」に連絡を取った後は「しかるべき関係者」に次々と連絡をします。

まずは、「家族(他にいれば)」「親族」です。

この辺の連絡が済むと「第1段階」が終了となり、ようやく故人と落ち着いて対面できることとなりますが、その時間は概ね30分~1時間といったところです。

要は「葬儀業者の迎えが到着するまでの時間」が「対面の時間」になります。

葬儀業者の車はいわゆる「霊柩車」になりますが、最近は黒いワゴン系の車であることが一般的です。

この「迎えの車」に同乗(付添い人は自家用車等に乗ってもよい)して病院(または施設)を後にしますが、行く先は自宅や葬祭場の「安置室」など、それぞれの事情で選ぶことができます。

この時、唯一の救いになるのは、入院費等の清算は後日でもOKであるということです。

もちろん、その状況(人の逝去に立ち会う)において「持ち合わせ」などありませんし、心情的にとても「お金の事」に気が回らないからです。

自宅に戻った後は本格的な葬儀の打合せ

故人と家に戻って来ても、息つく時間はありません。

悲しんでいるヒマもありません。

本当に辛い事ですが、すぐに葬儀の段取りについての打合せが始まります。

まずは、日程調整です。

基本的な日程は「お通夜:亡くなった次の日」「告別式:明後日」ですが、「家族」「菩提寺の住職」「葬祭場」「火葬場」の四者の日程調整が必要です。

1、家族・菩提寺の住職は喪主が、葬祭場、火葬場は葬儀業者が調整して、最終的に全体の日程を決めます。

ほとんどの場合、上記「基本的な日程」で決まるのですが、「亡くなる方が多い時期(1月下旬から3月中旬)は「葬祭場、火葬場の予定がいっぱい」などというケースも出て来ます。

その場合は「葬儀日程を先延ばし」する場合も出て来ます。

「先延ばし」の是非に関わらず、お通夜、告別式の日時が決まったら、次は連絡の第2段階、「友人・知人・勤務先」等へのです。第2段階で、連絡関係は終了となります。

ちなみに「葬儀日程が先送り」になった場合、葬儀業者から「ご遺体エンバーミング処理を行うか否か」を尋ねられる場合があります。

「エンバーミング」とは「遺体の内部に特殊な液体を注入して遺体の劣化を防ぐ処理」のことです。

これは、葬儀日程が先送りになるほど遺体の劣化(主には皮膚の茶褐色が濃くなる)が激しくなり、表情も変化してしまい、最終的にの故人に対する「別れの想い」が薄くなってしまう…ということを防ぐための処置です。
エンバーミングには保険が効かず、8~10万の費用が必要になりますが、「葬儀日程が先送り」となってしまったご家族では、利用されるケースが多いそうです。

すべての段取りが完了するまでに約1日かかる

このように、「逝去」の瞬間から「すべての段取り」が整うまでには、スムーズに行って、概ね「丸1日」の時間が必要になります。

仮に「朝」に逝去された場合でも、本当に落ち着いて「対面」となるのは、その日の夕方から夜にかけての時間となります。

「対面」した頃には、慣れていないことも相まって、体力的にクタクタになります。

元より「大切な人」が亡くなった訳ですから、精神的な落ち込みも加わり「心も身体も疲れ果てる」といった状況です。

なので、「その日」は案外、疲れ切ってすぐ眠れたりします(あくまでも個人差があると思いますが…)。

ちなみに、葬祭場には「家族用の個室」があり、そこに寝泊まりすることも可能です。

告別式後はすぐに火葬場に向かいますから「残った僅かな日々」を故人と共に過ごすことができます。

こんな話があります。

なぜ、大切な人が亡くなったのに悲しみに暮れることも出来ずにこんなに慌ただしいんだ…とお感じになる方も多いかも知れません。

これは、一説には

喪主となる立場の人は、当然、故人と最も関わりの深かった人物。

その方が連絡に追われ、お通夜、告別式の段取りに追われ、1日中クタクタになるほど慌ただしく動き回らなければならない文化…

これは、「個人と最も関わりの深かった人物が、最も深い悲しみに暮れ、自身の心身を崩壊させてしまわぬよう、あえていろいろな要務を課し、段取りに明け暮れているうちに少しでも気持ちが紛れるように配慮された、日本の優しき文化である」

確かに、いろいろな段取りを行いながらいろいろな方々と話しているうちに「気が紛れる」というのは本当です。

やや「荒療治」ですが、そのくらい「家族の立ち直り」に配慮したものなのだと前向きに受け止めることもできますね。